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津地方裁判所伊勢支部 平成8年(ワ)43号 判決

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金二一〇〇万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、定期保険付終身保険の被保険者が医療過誤事故により死亡したとして、保険金受取人である原告が、生命保険会社である被告に対し、右保険契約の傷害特約に基づき一四〇万円、災害割増特約に基づき一九六〇万円の合計二一〇〇万円の保険金と遅延損害金の支払を請求した事件である。

一  争いのない事実(証拠等から明らかに認定し得る事実を含む。)

1  亡甲野太郎(以下「亡太郎」という。)は、昭和五六年七月二日、被告との間で、左記のとおり保険契約〔甲一〕を締結した(以下「本件保険契約」という。)。

① 保険の種類 定期保険付終身保険

商品名 特別終生安泰保険(S五六)

② 被保険者 亡太郎

③ 死亡保険金受取人 原告

④ 保険金額

ア 主契約(死亡・高度障害保険金)二一〇〇万円

イ 傷害特約(災害保険金)一四〇万円

ウ 災害割増特約(災害割増保険金)一九六〇万円

2  被保険者である亡太郎は、昭和五八年一月二四日死亡した。

原告は、同年二月中旬ころ、被告から本件保険契約の主契約の死亡保険金として二一〇〇万円の支払を受けた。

亡太郎の妻である原告ら遺族は、訴外市立伊勢総合病院(以下「訴外病院」という。)の医師が、亡太郎の声門を覆う膿瘍化した喉頭蓋チステ(嚢胞)に対する救急治療を誤ったため、気道閉塞により亡太郎を死亡するに至らせたとして、昭和五九年三月訴外病院の管理者である伊勢市を被告とする損害賠償請求訴訟を提起し、平成七年三月二日津地方裁判所において医師の過失を認める勝訴判決〔甲二〕を得た後、その控訴審である名古屋高等裁判所において平成八年二月二七日、伊勢市が損害賠償金として合計六五〇〇万円を支払うこと等を内容とする和解〔甲三〕を成立させた。

3  本件保険契約には特別終生安泰保険(S五六)普通保険約款〔乙一〕が適用され、同約款の傷害特約条項一条一項一号及び災害割増特約条項一条一項には、被保険者が「この特約の責任開始期以後に発生した不慮の事故(別表二)による傷害を直接の原因として、その事故の日から起算して一八〇日以内に死亡したとき」は、被告は死亡保険金受取人に傷害特約及び災害割増特約(以下一括して「本件特約」という。)による右1の④のイ及びウの各保険金を支払う旨が規定されている。

そして、右の「不慮の事故」について、右の別表2には「偶発的な外来の事故(ただし、疾病または体質的な要因を有する者が軽微な外因により発症しまたはその症状が増悪したときには、その軽微な外因は偶発的な外来の事故とはみなしません。)で、かつ、昭和四二年一二月二八日行政管理庁告示第一五二号に定められた分類項目中下記のものとし、分類項目の内容については、『厚生省大臣官房統計調査部編、疾病、傷害および死因統計分類提要、昭和四三年版』によるものとします。」と定義され、下記の分類項目(以下『本件分類項目」という。)には、「外科的および内科的処置の合併症および事故・ただし、疾病の診断・治療を目的としたものは除外します。基本分類表番号E九三〇〜九三六」と記載されている。

なお、右の分類表の細分項目には、手術的処置上(E九三〇)、その他および詳細不明の治療処置上(E九三一)、診断処置上(E九三二)、細菌ワクチンによる予防上(E九三三)、その他の予防的ワクチン使用上(E九三四)、その他の予防処置(E九三五)、その他の治療操作以外の処置(E九三六)の各「合併症および事故」と定められている。

4  また、右約款〔乙一〕の三八条(時効)には、保険金の支払を請求する権利は、支払事由が生じた時から三年間請求がない場合には消滅する旨が規定されている(以下「本件時効条項」という。)。

そして被告は、本訴において、本件特約による原告主張の各保険金請求権の発生が認められる場合には、右各請求権につき本件時効条項による消滅時効を援用する旨述べた。

二  争点

1  亡太郎の死亡は、本件特約にいう保険事故(不慮の事故)に該当するか。

① 亡太郎は、原告が主張するように、訴外病院で喉頭蓋チステ(嚢胞)の治療中、同病院の医師の過失により死亡したか。

② 亡太郎が右のような原因で死亡した場合、本件特約の保険事故である不慮の事故、すなわち「偶発的な外来の事故で、かつ、本件分類項目」に該当するといえるか。

(原告の主張)

亡太郎の死亡は、医師の過失に基づく医療過誤事故によるものであるから、偶発的な外来の事故で、かつ、本件分類項目に当たるので、本件特約の保険事故に該当する。

なお、本件分類項目の本文で医療事故を対象としながら、ただし書で疾病(病気と傷害とを含むと解する。)が先行する場合が除外されるとするなら、ほとんどの医療過誤が対象外となって右分類項目の存在意義がなくなるから、右ただし書は制限的に解釈されるべきであり、これを医師の過失によらない場合を除外したもの、すなわち医療過誤に限る趣旨であると解すべきである。

(被告の主張)

原告主張の亡太郎の医療過誤による死亡は、医療上の処置によるものであるから一般的に偶発性がないうえ、本件分類項目によって不慮の事故から除外される疾病(病気のみを意味し、傷害は除かれると解する。)の診断、治療を目的としたものによるから、本件特約の保険事故には該当しない。

2  右1が肯定される場合、本件時効条項により、本件特約による原告主張の各保険金請求権は時効消滅したか。

① 消滅時効の起算点である「支払事由が生じた時」とは、医療過誤訴訟の控訴審において和解が成立した時点か(原告の主張)、被保険者である亡太郎が死亡した時点か(被告の主張)。

② 右各請求権が時効消滅したとしても、原告は、被告の保険外交員から亡大郎の死亡が事故によるものと証明されたら更に二一〇〇万円を支払う旨言われて医療過誤訴訟を提起したものであり、被告の本訴における消滅時効の援用は信義則違反あるいは権利の濫用に当たり許されないか(原告の主張)。

第三  争点に対する判断

一  争点1の②について

亡太郎が、原告が主張するように、訴外病院において喉頭蓋チステ(嚢胞)の治療中、同病院の医師の過失により死亡したことを前提として、これが本件特約の保険事故に該当するか否か検討する。

1  本件特約の保険事故である「不慮の事故」といい得るためには、前記のとおり、偶発的な外来の事故で、かつ、本件分類項目に該当することが必要である。

まず、「偶発的な外来の事故」という場合の「偶発性」とは、被保険者にとって予知できない原因から傷害の結果が生じることをいい、「外来性」とは、傷害の原因が被保険者の身体の外部からの作用であることをいうと解するのが相当である。

ところで、医師の診療行為は、程度の差こそあれ人の身体に対する何らかの侵襲を伴うものであるうえ、必ずしも健康状態の改善をもたらすとはいえず、場合によっては悪化を招く場合もあるため、患者またはその家族の同意の下に実施されるのが通例である。

したがって、医師の診療行為から被保険者の傷害という結果が発生したとしても、それは被保険者からみて通常予知し得るものであると考えられ、右にいう偶発性の要件を備えているとはいえないから、医師の診療行為から発生した事故は、原則として偶発的な外来の事故には該当しないということがいえる。

2  次に、本件分類項目についてみると、本文において「外科的および内科的処置の合併症および事故」を保険事故の対象としたうえで、ただし書で疾病の診断・治療を目的としたものを除外している。

これは、医師による診療行為から生じた事故のうち、疾病の診療行為に関するものをすべて保険事故の対象外とすると同時に、疾病を除く傷害の診療行為に関して生じた事故をすべて保険事故の対象とするものである。

その趣旨は、疾病の診療行為から生じた事故の場合は、そもそも診療の契機が疾病であって外来性がないことから、被保険者からみて予知し得たか否かに関わらず、したがって被保険者からは予知し得ないような経緯で発生した事故をも含めて、保険事故の対象外とする一方で、傷害の診療行為から生じた事故の場合は、それ自体は原則として偶発的な事故とはいい難いものの、診療の契機が傷害であって偶発性及び外来性を有することから、すべて保険事故の対象とするものであると解するのが相当である。

なお、原告は、本件分類項目のただし書にいう疾病の概念について、これを病気と傷害の両者を含むものであることを前提として、右ただし書を医師の過失によらない場合を除外したもの、すなわち医療過誤に限る趣旨であると解すべきである旨主張するが、右分類項目の内容解釈の指針となるべき前記「疾病、傷害および死因統計分類提要」において、疾病と傷害とが用語として並列的に使用されていることに照らして、右のような前提は採れないうえ、原告の右のような解釈は右ただし書の文理と著しく離れるものとなることから、到底これを採用することができない。

3  以上のような本件保険契約の約款に関する解釈を踏まえて、本件の事例について考えるに、被保険者である亡太郎が原告主張のような医療過誤事故によって死亡したとしても、亡太郎は自らの基礎疾患である喉頭蓋チステ(嚢胞)の救急治療を受けていたものであるから、疾病の治療を目的とする処置上の事故として、本件分類項目のただし書の適用により、本件特約の保険事故から除外されるというべきである。

二  結論

以上によれば、その余の争点について判断するまでもなく、原告の請求には理由がない。

(裁判官 細井正弘)

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